海賊上がりの真田十勇士~根津甚八~

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真田家の出自の祖になる滋野氏には滋野三家と呼ばれる、海野氏・望月氏・根津氏がある。
真田十勇士のメンバーの中には、この三家出身のメンバーが揃っている。
その中の一人がこの根津甚八です。
根津氏は、真田家の本家である海野氏と同格にあたり、また、海野氏を見限った真田幸隆を武田氏に紹介してくれたという経緯もあり、
そういった彼らを家臣にすることで幸村の頭領としての価値は増したに違いないはずです。
(※挿話だけでなく史実に基づいた話の中でも海野氏などを従えることになる真田家の格は上がったであろうと思われます。)

さて、「立川文庫」に登場する根津甚八のストーリーは、幼少時に父とともに旅に出て、父と死別後、海賊に身を投じて、頭領までに出世します。

そこを秀吉の命で九鬼水軍を調査していた幸村に見いだされ、真田の郎党に加わります。
海賊の経験を活かし、水軍の指揮にたいへん長けているという設定。

幸村に近くに仕えるようになった根津甚八は大坂夏の陣・冬の陣と、他の十勇士のメンバーとともに活躍します。

そしていよいよ大坂城落城の寸前、後がないと悟った幸村は脱出前に、「火龍軍」という策を授けます。
徳川軍は一時、激しいダメージを受けますが、じょじょに勢いを盛り返し、甚八の兵は次々に討ち取られて行きます。

そんな中、後の無くなった甚八は、「俺が真田左衛門佐幸村である」と名乗りをあげ、敵の武者7、8騎を道連れに討ち死にします。
まさに見事な影武者となって散り果てるのでした。

この根津甚八にも実在のモデルとなったと言われる人物がおり、根津氏の根津小六という人物と、
浅井家の血を引くと言われる浅井井頼と言う人物です。

浅井井頼は浅井長政の三男、もしくは浅井庶家の出自で、後に長政の養子となったち言われており、織田信長に浅井家が滅ぼされた後、浅井の男子は根絶やしにかかった残党狩りから逃れ、その後、大坂夏の陣で討死するまで豊臣に仕えたと言われています。

井頼の波乱万丈な生き方は、真田十勇士のメンバーの創作に、大きなインスパイアを与えたのかもしれません。

 

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