出来る人物から学び己を磨く~昌幸の成長に信玄の影あり~

真田昌幸は父・幸隆の三男であったため、最初は武田家に人質に出されています。

しかし、元服前よりたいへん聡明だったため、信玄の奥近習に取り立てられ、足軽大将にまで出世。

その活躍と明晰さから、信玄をして「我が目の如し」と評されました。また、兄二人の死後、真田家に復帰するまでは、武田の名門「武藤」を名乗るよう信玄から指示されるなど、最大級の待遇も受けています。

父・幸隆とともに、天下の知将・真田昌幸を育てたのは、天下の名将・武田信玄と言えるのかもしれません。

 

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