真田幸村、それとも信繁? 正しいのはどちらなのか②

以前にも投稿させていただいた記事、真田幸村、それとも信繁? 正しいのはどちらなのか、その第2弾になります。

今回は、私見たっぷりに語りますので、おしかりの言葉・ご意見などはコメント欄にお願いします。

歴史を語る楽しさ

歴史は、

実際に見た人。

または経験した人。

それを伝えた人。

そしてそれが伝わっているその時代の情勢。

などによって大きく違ってくると思います。歴史上、起こった出来事はひとつでしかないはずなのに、それを捉える時には何が「本当であるのか?」わからなくなっている・・・

日常でも、みなさんの周りで起きる出来事について体験することがあるはずです。

例えば、たった1日・2日前の事であっても、その事について親しい友人なり、家族なり、恋人なりと語る時、お互いの認識の違いに「違和感」を感じることはないでしょうか?

下手するとケンカに発展してしまうことだってあるはずです。

時間が流れるに連れて、日々、様々な事象が流れ過ぎていくわけですが、そのすべてはそれにまつわるすべての人々に対して、あくまで「曖昧模糊」としたものだと私は思います。

ましてや、400年とか500年も前の事について語る時、真実を追求するというのは並大抵のことではありません。しかし、真実を知りたいという欲求は戦国歴史ファンなら誰もが持つもの。また、同時に「こうあって欲しい」という欲求が、無意識から自然と湧き出てくることも抑えることが出来ません。私たちはそのことを十分に理解したうえで、先人が与えてくれるストーリーを謙虚に、そして最大限に楽しむべきだと考えています。

そうして歴史を捉えていくと、歴史は、また新しい楽しさを与えてくれます。究極、わかりやすく言えば「年表」を見ているだけでも、笑ってしまったり、泣いてしまったり。三谷幸喜さんはそのことを、「よほど感受性の強い人」でないと無理。という表現をされているようですね。

もちろん感受性も必要なのですが、私はそれよりもある一定のレベルを超えたデータ量のほうが大切かと思っていて、それさえ手に入れれば誰にでもそれは起こること。と思っています。

データはたくさんあればある方が良いです。また、出来れば勝者も、敗者も、観察者視点も、すべて用意されているほうが良いと思います。

その上で、そのデータを拘らずに素直に受け入れる。いわゆる三谷さんが言われる「感受性」みたいなものが生まれくると思います。

 

真田幸村と真田信繁

私見ですが、上記のような考えだと「幸村か信繁か」の結論はどっちでもいい。ということになります。ブログの記事を書いてても思うのですが、いわゆるデータが少ない人ですし、お父さんの話ばかりになってしまって、主役なのについつい忘れがちな存在です。

無理に何か書こうとすると、前述のデータから生まれてくる「感受性」とはまた別のイマジネーションが必要となります。

そうなると、それはもうフィクションになってしまいますね。それこそが、まさに真田幸村と言えるでしょう。

大河ドラマは時代劇とは違うので、創作を交えるにしても基本は史実に沿って作られていきます。

そのバランスが非常に大切で、制作サイドは史実という素材に、創作という調味料でどのように味付けして料理を完成していくか一番注力を注いでいるのではないでしょうか。

真田丸での主役、信繁を演じる堺雅人さんは、この役を演じるにあたり「観察者としての信繁」という表現をされていました。非常に適格で美しい表現だと思います。

本作品が適度なバランスで、今後展開していく名作になることを暗示している言葉です。たくさんのデータを、みなさんが集積していったとして、ある種の感受性を手に入れた後も、十分に、さらに楽しめる作品になるであろう予感に満ちている。という意味です。

 

当ブログでのタイトルは 真田幸村=信繁の専門サイト とさせていただきました。あまり詳しくない方に向けて、そのとっかかりになればと、信繁より幸村を前に配置した次第です。

また、記事投稿内では、真田丸に関しての記事は作品にあわせて信繁。

そして、真田十勇士のカテゴリーなど、後年になってから創作されたストーリーなどに関する記事にては幸村。

しかし、人生の晩年、起死回生の活躍をする大坂城入城後に関しては幸村としていきたいと考えています。

 

つらつらと長くなりましたが、こちらのブログのささいな意思表明ととらえていただければ幸いです。

 

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