本多忠勝

徳川四天王!徳川十六神将!!徳川三傑!!!徳川家康、最大の功臣

幼い頃から徳川家康に仕えた家康最大の功臣とも言える本多忠勝。初陣(ういじん)はなんと13歳で、あの織田信長が今川義元を敗死の追いやった永禄3年(1560年)の桶狭間の戦い。その前哨戦にあたる大高城兵糧入れにまでさかのぼります。
ファンの多い本多忠勝。今さら説明の必要もないほどですが、大河・真田丸で演じるのは、藤岡弘さん!!第3話にて初登場しました。
たいへん失礼かも。ですが、笑えるほどに豪傑イメージにぴったりで、三谷作品の配役の妙。ここに極まったかたちです。そして同じく忠勝とは同族で家康の参謀といわれた本多正信役には、近藤正臣さん。(※同一門ですが本多正信は忠勝から、「正信の腰抜け」、「同じ本多一族でもあやつとは全く無関係である」と罵られるほど、嫌われていた人物です。)今回の大河では、どこかとぼけた印象の内野聖陽さん演じる徳川家康。この三人の掛け合いは、コメディタッチのエッセンスで、今後ドラマの中で私たちを楽しませてくれそうです。

真田丸では、実直な義理の父。

藤岡弘さんの忠勝。ちょっと融通の利かないタイプの実直さで描かれていきそうですが、信繁の兄・信幸の舅(しゅうと)としての重要な役割もあり、武闘派としての忠勝というよりも「すごく生真面目なお義父さん」としていい味をだしてくれるでしょう。現在、第3回が終了した時点でこの記事を投稿していますが、何といっても、忠勝(藤岡弘)から見て、義理の息子は信幸(大泉洋)です。そしてその嫁になる、忠勝の娘役には、現在、大好調の吉田洋さん(気が強そうですね・・・)、想像しただけで笑いがこみ上げてくるようなシーンが期待できますね。

忠勝の逸話と活躍

今から、完全に「笑わせ」要員としての配置が予想できる忠勝ですが、その合戦での活躍や逸話は枚挙にいとまがありません。周知の事実ですが参考までに列挙しておきますので、「真田丸」に登場する際には、こんなにスゴイ人だったんだなぁ。と古(いにしえ)の忠勝の躍動に想いを馳せながら視聴しましょう。余計に笑いがこみ上げてくると思います。

・忠勝が愛用した槍・天下三名槍と呼ばれた槍の1つに「トンボ切」というのがあります。名前の由来は、戦場で槍を立てていたところに飛んできたトンボが当たって二つに切れたことから。切れ味スゴすぎです。

・忠勝という名前の名づけの親は、主君の家康とも言われています。その由来はシンプルに「ただ、勝て!」
忠勝のすごさは、生涯で100戦以上戦い(※もちろん諸説あります。)、実際に一度も負ける事がなかったと言うことでしょう。

・小牧・長久手の戦い(秀吉vs家康)では、忠勝は、わずか500の軍勢を率いて秀吉8万の大軍と対峙。それを見た秀吉は、忠勝を討ち取ることを禁じ、「生け捕って家臣とせよ」と命じたと言います。

・関ヶ原の戦いが終わって、福島正則は忠勝の武勇を褒め称えましたが。忠勝は「采配が良かったのではない、敵が弱すぎたのだ」と答えたといいます。(言いそうです。)

・戦場に出て敵と戦う時はおそろしく強かった忠勝ですが、修練中はとても不器用で、周囲はそのギャップに驚いたと言います。

・関ケ原合戦後の、真田昌幸・真田信繁(幸村)親子の助命がかなったのは、この忠勝の嘆願に寄るところが大きいと言われます。真田丸でも重要なシーンとなるでしょう。

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