第14回「大坂」

NHK大河ドラマ「真田丸」ストーリー紹介

第14話「大坂」

※現在の大阪(おおさか)はこの時代、「大坂」(おおざか)と呼ばれ、記述されました。

 

【ストーリー(あらすじ)】

家康は真田の征伐を諦めます。

上杉景勝との約束通り春日山城に戻る信繁。真田の大勝利をねぎらう景勝と直江兼続ですが、信繁自信は最愛の梅の死に落胆し、意気消沈してしまいます。

いっぽう、真田に敗れた徳川家康にはさらに追い打ちをかける出来事が起こります。なんと、側近の石川数正が家康のもとを出奔し、秀吉に寝返ります。機密漏えいによる秀吉の急襲を恐れた家康は、急きょ、真田征伐をあきらめ、信濃からの撤退を決意するのでした。

そんな中、天正13年(1586年)の天正大地震が起こり、近畿・中部地方に大きな被害を与えます。秀吉は被害を受けた地域の復興に手を取られ、徳川への報復戦は立ち消えに。家康はからくも地震に救われるかたちとなりました。

数正の出奔が牢に入っていた信尹による入れ知恵だったと知った家康は、信尹の交渉力の高さを改めて認め、自らの家臣となることを迫ります。なかなか折れない信尹に対して、あくまでも真田との内通は承知のうえ、と語り遂に承服させるのでした。

 

勢力を伸ばす秀吉。力のある大名たちにも圧力をかけていきます。信繁は大坂へ。

信長の死から4年。この間に賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を破り、小牧・長久手の戦いで家康と和睦を結んだ秀吉は、壮大な大坂城を築き、前年には関白となる破竹の勢いです。昨今には各地の大名を呼び寄せ、忠誠を誓わせていました。

この秀吉の招集に、北条氏政は無視を決め込み、徳川家康は「真田を滅ぼした暁に。」と返答し時間を稼ぎます。

そして、秀吉の招集は昌幸にもかけられていました。対応に悩む昌幸ですが、信繁が景勝とともに大阪に行くと聴き、信繁に秀吉の真意を探らせようと考えます。

昌幸「あれは役に立つ男よ。」 そう語る昌幸に、信幸は疎外感を覚えます。

大坂へ向け景勝一行が出立する日、信繁の前に突然きりが現れます。すえを育てると宣言したものの、難儀していたきりは、父・内記の取り計らいで信繁と同行するよう昌幸に命じられたといいます。信繁は面食らいますが、景勝の鶴の一声で共に向かうことになるのでした。

 

石田三成が登場。信繁一行と対面します。

途上、中継地の加賀では、秀吉の腹心・石田三成が一行を出迎えます。三成は景勝を歓迎しつつも信繁には見下した態度をとるのでした。その晩きりは信繁に、すえの育ち具合を報告。景勝は信繁に対し、今は悔しいが秀吉の元につくしか道はない。と本心を語るのでした。

翌日、一行は加賀から三成と共に京都へ。そこで三成は準備があるので先に大坂へ向かうと伝えます。

理由を問う信繁に三成は、「上杉様には、関白殿下にお会いするため上洛していただきたい。」と告げて去ります。

三成の不遜な態度に不快感をあらわにする信繁。そこに信繁を訪ねて石川数正がやってきます。数正は徳川の刺客から逃れるため、京都に匿われていました。信尹のせいで人生が狂わされたと嘆く数正に信繁が語ります。

信繁「先が読めないのはみな同じです。人を裏切ったり、騙したりすることもあるでしょう。でも、それは善とか悪で計れるものではないと私は思うのです。」

大坂城に着いた一行を出迎えた三成は、秀吉の多忙を理由に謁見の延期を伝えます。待つ間、三成の家に泊まることになった信繁は、その晩、加藤清正が三成に愚痴をこぼしているのを偶然耳にします。

戦一筋の清正は、秀吉が現場を離れて出世していくのが寂しいと訴え、そんな清正を三成はなだめるのでした。

 

翌日、景勝が秀吉に謁見。人質の信繁は別室に残されますが、そこに突然飛び込んできた秀吉の側室・茶々と出会います。信繁を「わりと好きな顔」と言い残し、走り去る茶々は、どうみてもおてんば娘なのでした。

また、次には片桐且元(かつもと)が現れ、信繁を秀吉の元に案内すると言います。何かの間違いではと疑った信繁ですが、次の間で待っていると、廊下を走る足音が聞こえてきます。現れたのは。関白・秀吉。彼は誰かに追われているようすで、信繁に「来い!」と促し、一緒に屏風に隠れさせるのでした。

 

【見どころ】

いよいよ真田丸の舞台は大坂へ!後に大坂の陣で豊臣方について獅子奮迅の活躍を見せる信繁。
大坂城内で築いていく人間関係が、そんな彼の未来を決定づけたとも言えます。
大坂編では、三谷幸喜ワールド・得意のヒューマンドラマの真骨頂が見られることでしょう。

放送は4月10日・日曜日 午後8時スタートです。(NHK 総合)
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