「護る」だけでなく、歴史の産物をどう活かすか 文化遺産を正しく活用すれば、 地域をつなぐアイデンティティとなる

「護る」だけでなく、歴史の産物をどう活かすか 文化遺産を正しく活用すれば、 地域をつなぐアイデンティティとなる

文化遺産が街の魅力になれば 保存コストは負担ではなくなっていく 世界中に点在する、さまざまな文化遺産。日本では「文化財」と呼ばれることも多いが、こういったものを活用して、街の魅力にしていこうという動きが高まっている。 その成功例を挙げるなら埼玉県川越市だろう。江戸時代の城下町の面影を残す文化財が多数並び、「小江戸」と呼ばれる。いまもその街並みや建物を目当てに訪れる観光客は後を絶たない。このような文化財の活用が、今後ますます重要になるだろう。 国士舘大学大学院 グローバルアジア研究科 グローバルアジア専攻 小口 和美 教授(博士) そういった領域を研究しているのが、国士舘大学大学院 グローバルアジア研究科 グローバルアジア専攻の小口和美教授(博士)だ。 小口氏自身は、西アジアやメソポタミアの考古学を専門としてきた。西アジアとは、アフガニスタンからイラン、イラク、サウジアラビアなど、私たちが「中東」として認識しているエリアが該当する。そして、このエリアの中で生まれたのがメソポタミア文明。現在のイラクにあたる地帯で発祥したという。 「メソポタミア文明は『世界最古の文明』であり、人類史を語る上で外せない重要地域です。しかも、この地域はまだ分かっていないことも多く、遺跡を調べても、さまざまな要素がモザイク状に入り組んでいます。文明が発祥する以前から、アフガニスタンとの交易を示すラピスラズリなども発見されていますし、楔形文字の発明により、さまざまな交易に伴う契約や税、再分配などのシステムの発展の歴史がわかるのもメソポタミアならではです。このようなことが、西アジア考古学を研究する面白さですね」 人類の起源を辿ると、私たちの祖先はアフリカ大陸から西アジアへ拡散していったといわれる。その過程において、なぜメソポタミアで最古の文明が発祥したのか、それを調べることは「人類の源流」を探ることでもあると小口氏は考える。また、日本人にとってどちらかといえば馴染みのない、意識的に遠い地域だからこそ、その歴史や文化に新鮮な発見があるという。 「西アジアの面白さは、遺跡が実物のまま出てくるケースが多いことです。土の中から建物や柱が出現することも珍しくありません。その高揚はこの地域ならではでしょう。また、彩文土器と呼ばれる、色鮮やかな土器もよく見られます。さまざまな絵柄から、当時の人々の信仰や神話の成り立ちを想像していくのもこの学問の魅力です」 現在、西アジア考古学を専門にする国内の研究者は非常に少ない。この領域に興味のある人にとって、小口氏の研究室は稀有な場所だろう。だからこそ、今学ぶことがチャンスでもある。 そしてこのほかに、研究室で学べるテーマがある。文化遺産・文化財についてだ。 「文化財とはそもそも何なのか、また、文化財に関してどんなルールがあるのか、こういったことを体系的に学びます。ひとくちに文化財といっても、建物や自然などの天然記念物、伝統芸能や工芸技術といった無形文化財など、とにかく幅広い。そういったものの整理も行っていきます」 さらに、文化財の考え方として、建物などの単体を『点』で捉えるのではなく、複数の文化財の集合体を『面』で捉えることもある。伝統的建造物群保存地区はその代表であり、川越市にも該当するエリアが存在しているのだ。 そして近年、文化財を護るだけでなく、まちづくりにどう活かすかという視点が必要になっている。この転換の1つの背景にあるのが、文化財保存のコストという問題だ。 歴史あるものだから単純に保存しようと考えても、そこには莫大な費用が生じる。たとえば広島の原爆ドームや、東日本大震災の復興のシンボルとなった「奇跡の一本松」も、大きな費用をかけて保存すべきかという議論が起こった。 その中で、まずは文化財の定義・ルールを捉え、さらに活用の道を模索する。うまく活用できれば、コストはただの負担ではなく、街の魅力を向上するためのものとなるのだ。 SDGsやグローバル化の中で 歴史に関する学問が社会に与える意義 小口氏の研究室に入る大学院生は、3つの研究テーマ(西アジア考古学、メソポタミア文明、文化遺産)から自身の学ぶ対象を決めていくという。 「学芸員を目指す方が進学するのはもちろん、いずれ行政や街に関わるビジネスをしたい方、あるいは、そういった仕事に就いた方が文化財について学びにくるのも良いと思います」 すべての研究テーマに共通するのは「歴史の産物を大切にし、次世代に伝えていくこと」だ。そして、こういった学問が社会にもたらす意義を、小口氏は以下のように考えている。 「遺跡や文化財が地域にあることで、住民の方が地域の歴史を感じ、愛着が湧いたり、拠り所になったりということもあると思います。もちろん、観光地としての魅力を高めることにもつながります」 川越市も、住民のバックアップによってあれだけの建造物群が残った経緯があると小口氏はいう。それは、地域の誇りやアイデンティティなど、そこに住む人々をつなげる役割も担っているだろう。「SDGsの視点でも、昔からあるものを街や観光に活かしていく視点は重要です。ただし、観光公害やオーバーツーリズムなどの新たな課題も出てきているため、地域住民の理解や連携がますます必要となっています」と、小口氏は付け加える。 そのほか、グローバル化の時代になり、さまざまな国の人々と共生していく世界になってきた。その中で、グローバルに活躍する存在にこそ、歴史を通していろいろな価値観を知ることは重要だろう。 「歴史を研究し、伝えていくことは、異なる時代や国、文化の多様な見方を知る機会につながると思います。たとえば西アジアの研究者が国内で減っていくと、その文化や歴史を教科書や授業で伝える機会も同時に減少してしまうかもしれません」 多様な価値観や地域ごとの違いを小さいうちから知るためにも、こういった歴史を伝える役目を途絶えさせないことが必要だろう。 なお、考古学や文化遺産をまちづくりに活かす上では、「専門領域を突き詰めるだけでなく、さまざまな学問と連携することが重要」と小口氏。国士舘大学大学院は、それができる土壌だという。 「私たちが所属するグローバルアジア研究科の特徴は、他分野と融合しながら学べることです。現場でのコミュニケーション能力や実践力を養う『ビジネスコミュニケーション』などの分野も学びますし、院生の要望があれば、経済・経営の教授と連携して教える形もできればと思っています」 文化財を活かすためには、経営的な観点も必要になってくる。実際に2つを同時に学んでいる院生もいるという。まちづくりや文化財の活用を考える立場のビジネスパーソンが、ここで2年間知識を蓄える形もあるだろう。 歴史の産物を残すだけでなく、人々や地域のために活かす方法を考えていく。そのための学びが、この研究室にはある。 ■特集トップページはこちら>> <PR>

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