スギ花粉は戦後数十年で多量に飛散するようになった(写真はイメージです) gyro-iStock <花粉症の歴史は、紀元前1800年代のバビロニアの書物にまで遡ることができる。日本で初めて報告されたのは? スギ花粉症が急に増えた理由は? 歴史と最新の治療法、花粉症と食の関わりについて紹介する> 冬も半ばを過ぎると、スギ花粉の時期が近づきます。花粉症の約7割は、スギ花粉が原因と推察されています。 例年は2月上旬に九州から飛散が始まりますが、今年は1月中旬でもすでに全国の花粉症の人の3割以上が「花粉を感じている」という調査結果が発表されました(1月17日~18日、ウェザーニュース調べ。全国6957件を対象)。 23年春のスギ花粉の飛散量は、本州の大部分で過去10年最多になる恐れがあるといいます。 スギ花粉の量は、花粉を飛ばす雄花の量によって左右されます。環境省が22年11月から12月に、北海道や沖縄などを除く34都府県で花粉生産能力のある林齢26~60年のスギ林で雄花の花芽を調査した結果、関東、北陸、近畿、中国地方などで過去10年の最大値が観測されました。22年の夏は6月から気温が高く、日照時間が長かったことから、スギ雄花の量が増えたと考えられています。 花粉症の季節が本格化する前に、歴史や最新の治療法、「花粉症と食」に関するトリビアを紹介します。 花粉症の歴史と日本の研究 「昔は花粉症がなかった」という話を聞いたことがある人は多いかもしれません。 けれど、花粉症の歴史は、紀元前1800年代のバビロニア(現在のイラク南部)の書物に花粉症のような症状が記載されていることに遡ります。紀元前460年頃には「医学の父」とも呼ばれる古代ギリシャのヒポクラテスが、「体質と季節と風が関係している病気」を記録に残しており、花粉症を指していると考えられています。紀元前100年頃の古代中国の書物にも、「春になるとくしゃみ、鼻水、鼻づまりが増える」と書かれています。 季節性アレルギー鼻炎と花粉が初めて結び付けられたのは、19世紀です。当時、イギリスの農民は、牧草の刈り取り時期になると喉の痛みやくしゃみ、鼻水などの症状に悩まされていました。イギリスの医師ジョン・ボストックは1819年、この症状は牧草の干し草と接触することによって発症することから「hay fever(枯草熱)」と名付けて症例報告をしました。 1873年、イギリスの医師チャールズ・ブラックレイは「枯草熱あるいは枯草喘息の病因の実証的研究」を発表し、枯草熱の原因はイネ科植物カモガヤの花粉であることを突き止めました。その後、枯草熱は「ポリノシス(花粉症)」と呼ばれるようになりました。 日本では1961年に、東大の荒木英斉博士によって初の花粉症患者が学会報告されました。原因はブタクサです。 ブタクサは、もともとは日本にはなかった植物です。第二次世界大戦後しばらくの間、日本を統治していたアメリカ進駐軍によって、日本に持ち込まれました。海外から持ち込まれた植物が、十数年で爆発的に繁殖して多量の花粉を飛散させるようになり、日本で初めて「花粉症」が認識されたのです。 64年には、初のスギ花粉症が論文で報告されます。東京医科歯科大の堀口申作博士、斎藤洋三博士は、栃木県日光地方で見つかった21人の花粉症患者の原因物質がスギであることを解明しました。 スギは、屋久島の「縄文杉」が知られているように、縄文時代から日本にあった植物です。第二次世界大戦以前にも、スギ花粉症の患者は多少はいたかもしれません。けれど、戦後に大々的に注目を浴びることになったのは、①スギ花粉の急激な増加、②高度成長期の排気ガス、③日本人の体質や生活の変化、に起因すると考えられています。 日本では、戦火で焼けた森林に成長が早いスギを積極的に植林しました。植えられたスギは、一斉に花粉生産能力の高い時期を迎えました。地球温暖化の影響で、雄花も以前よりもたくさん作られるようになりました。スギ花粉が、戦後数十年で極めて多量に飛散するようになったため、多くの人々に悪影響を及ぼすようになったようです。 加えて、戦後の高度成長期は環境への配慮が乏しく、車や工場からの排気ガスはほとんど処理されずに排出されていました。排気ガスは、花粉に付着することによってアレルギー症状をより悪化させる物質として知られています。これらによって汚染され、花粉が人体内で過敏に反応したことも、スギ花粉症が急激に増えた理由の一つと推測されています。 さらに、食生活が欧米化して高たんぱく・高脂質になったこと、過度なストレスや生活リズムの乱れなども、日本人がアレルギーを起こしやすい体質に変化させた要因と見られています。 医療機関の治療は「先手必勝」 花粉症は、①花粉(抗原)が体内に侵入するとIgE(抗体)が作られてマスト細胞と結合し、②炎症を起こす化学物質(ヒスタミン、ロイコトリエンなど)が産生、放出されて、③アレルギー症状を引き起こす、という段階を踏みます。なので、花粉を吸い込んで鼻の粘膜に付着すると、くしゃみや鼻水、鼻づまりなどが起こり、眼球に付着すると目にかゆみなどの症状が現れます。 直接的に生死に関わる病気ではありませんが、精神状態が不安定になったり集中力が下がったりするなど、著しくQOL(生活の質)を下げます。花粉を避けることが最も効果的な予防ですが、現在はコロナ対策として換気が強く推奨されているため、学校や会社、公共の場で窓を閉め切ることは困難です。 医療機関で行える治療には、投薬、舌下免疫療法、レーザー治療があります。ほとんどが先手必勝型で、花粉の飛来以前から始めたり、症状の初期に行ったりすることが効果的とされます。 花粉症の薬には、「どの過程を抑えるか」によって、②の段階を軽減する抗ヒスタミン薬、抗ロイコトリエン薬、③の段階を軽減するステロイド薬など数多くの種類があります。症状が重い人には、花粉が飛ぶ少し前から服薬を始める「初期療法」が効果的とされます。ただし、自分に合う薬に出会えるまでに時間がかかることもあります。 最新の治療薬は、20年に認可された抗IgE抗体オマリズマブ(ゾレア®)です。今までの治療薬とは異なり、①の段階で花粉によって産生されたIgEと結合し、IgEがマスト細胞と結合できなくすることで、アレルギー反応の元を抑えます。高い効果が期待できますが、薬価が高いことなどから、重症のスギ花粉症患者に対してのみ、花粉が飛散する時期限定で皮下注射を行うことができるようになりました。 舌下免疫療法は、花粉が飛んでいない時期にスギ花粉のエキスを少しずつ体内に取り込んで慣らしていく治療法で、発売前の臨床試験では2割の患者が完治、6割に軽減が見られました。アレルギー症状の根本的な治癒が期待できる唯一の方法ですが、治療期間が3~5年と長期間に及び、まれに重度のアレルギー症状を起こす可能性もあります。 レーザー治療は、鼻の粘膜を焼く手術です。花粉を付着しづらくしたり、腫れを押さえて鼻づまりを解消したりする効果があります。もっとも、粘膜は再生するので、効果が続くのは1~2年です。 「花粉症と食」にまつわるトリビア 医療機関に行くほど重症ではないが、何となく鼻がムズムズする、目がショボショボするので、食べ物やサプリメントで症状を軽くしたいという人も多いでしょう。もっとも、花粉症に効果があることをうたって市販されているものは、科学的根拠に乏しいものも少なくありません。正しい情報かどうかを見極める必要があります。 たとえば、甜茶(てんちゃ)は花粉症に効果があるお茶として知られています。ただし、甜茶は「植物学上のチャノキ(学名: Camellia sinensis)以外から作られる甘いお茶」の総称です。市販されている茶葉の種類は複数あり、「バラ科の甜茶」以外は効果がないと言われています。甜茶として最も有名なアマチャヅルはウリ科の植物です。 バラ科の甜茶については、日本企業によって行われた「バラ科の甜茶には甜茶ポリフェノールという成分が含まれていて、アレルギーの原因物質となるヒスタミンの過剰分泌の抑制に効果があるので花粉症を軽減する」という研究が、花粉症に効く根拠とされます。けれど、厚生労働省は甜茶(バラ科かどうかは不明)について聞き取り調査を行って「甜茶は効果の不確かな民間療法」と位置付けています。 トマトでは、「花粉症に効く」と「花粉症を悪化させる」の両方の情報を見かけて戸惑う人も多いかもしれません。 トマトには、スギ花粉に含まれるアレルギー原因物質と類似構造を持つタンパク質が含まれています。そのため、スギ花粉症を持つ人は、トマトによってアレルギー症状を発症する可能性があります。一方、「トマトのカロテノイド(リコピン)には抗アレルギー作用がある」という研究成果があり、花粉症緩和にも効く可能性があると考えられています。 健康のために食べ物に気をつけるのは良いことですが、思ったような効果を得られない場合も少なくありません。花粉症に関しては、早めに専門医に相談したり、花粉を体に付着させない、体内に取り込まないことを重視したりするほうが良さそうです。 ※画像をクリックすると アマゾンに飛びます
過去10年で最多のスギ花粉? 本格化前に知っておきたい花粉症の歴史と最新治療法
