ついに動いた植田日銀、許される「緩やかな国債利回り上昇」はどこまでか?

ついに動いた植田日銀、許される「緩やかな国債利回り上昇」はどこまでか?

7月28日、金融緩和の修正を決定した金融政策決定会合後に記者会見する日銀の植田和男総裁(写真:共同通信) ギャラリーページへ 日本銀行が金融緩和政策を修正した。日銀のバランスシート改善や、先送りによる国債利回り急上昇のリスク回避という背景があったとみられる。 問題は今後の利回り上昇をどこまで投資家が容認できるか。過去10年間の利回り変化からは、1年あたり0.30%程度なら想定の範囲内だろう。 ただし、金利は緩やかに低下するケースに比べて、緩やかに上昇するケースは少ない。日銀の手腕が問われている。 (平山 賢一:東京海上アセットマネジメント チーフストラテジスト) 日銀のバランスシートの改善にも貢献 2023年7月28日、日本銀行は、イールドカーブ・コントロール政策(従来の日本銀行が金融政策の対象としてきた政策金利だけでなく、長短金利全般の水準を操作する政策。以下、YCC)の柔軟化を決定した。10年国債利回りの上限は0.5%をめどとするものの、1.0%までの上昇は事実上容認するというものだ。日本銀行は、0.0%±0.5%という旗は降ろさないものの、いずれ形骸化してくるに違いない。 日本銀行は、従来の方針であれば、長期金利の上昇を抑えるために0.5%という低い利回り水準の国債を大量に市場から購入しなければならなかった。しかし、これからは、1.0%になるまで柔軟に対応できるようになる。そのため、将来的には、日本銀行が保有している国債の平均利回りを上昇させる効果が期待されよう。 政策の柔軟化は、日本銀行のバランスシートからも求められていた。 現在の日本銀行が保有する長期国債利回りは、平均0.3%未満。YCCのレンジ内に抑えるために0.5%水準で必ず国債を購入するよりも、1.0%まで柔軟に購入できる方が保有国債の平均利回りは上昇していく。 日本国債の発行残高の過半を保有してしまった日本銀行にとっては、さらなるバランスシートの拡大も避けたい。 さらに、ただでさえ保有するETF(上場投資信託)の分配金により、毎期、毎期の決算で息をつないでいる日本銀行にとっては、保有資産の利回りアップは最重要課題である。 追い込まれての国債利回り急上昇を回避 また、日本国債を保有する金融機関など投資家のダメージを緩和する観点からも、経済実体に沿った緩やかな金利上昇であれば、受け入れやすいとの判断もあったはず。 国債の利回りは、戦後、発行が再開された1966年以降で最低水準であるため国債保有リスクが高まっている。平均残存年限は2倍まで長期化しており、少しの金利上昇でも価格の下落幅が大きくなっているからだ。 低い国債利回りで投資し始めた投資家にとっては、わずかの金利上昇でも大幅な価格下落になり、その損失を吸収できなくなっている。すぐに投資成果がマイナスに陥りやすいため、できるだけ急激な金利上昇は避けたいところ。 たとえば、わずか0.1%の金利上昇で、10年国債の価格は1%程度も下落してしまう。0.5%の利回りで投資した投資家が一瞬にして1%程度の価格下落を食らえば、元も子もない。 2023年3月末の10年国債利回りは、おおよそ0.4%であった。仮に1年後に1.0%まで10年国債利回りが上昇すれば、国債価格は6%程度下落する。保有していた10年国債は、1年後には9年国債になっているため(満期償還までの残存年数が1年短くなっているため)、価格の下落幅は緩和されるが、投資によるリターンは4%を超えるマイナスに落ち込むことになる。 それだけに投資家にとっては急激な金利上昇は、回避したい。日本銀行も、国債を保有する投資家の懐が痛まないように、10年国債利回りの緩やかな変化を目指したいはず。急激な変動は、他の資産のボラティリティも高めてしまう恐れがあるからだ。 それでは、どの程度の利回り上昇幅ならばよいのか? 緩やかな国債利回り上昇のペースとは? 一つのめどを探るために、図1で過去10年間の利回り変化幅(前年同月比)をみてみよう。 過去10年間で、国債利回り(月末)は、マイナス0.28%からプラス0.85%の間で推移してきた。前年同月比での利回り変化幅は、マイナス0.69%からプラス0.37%の間になっているが、金融機関などの投資家は、利回りが低下する時期には国債価格が上昇するため問題にすることはない。 一方、2022年12月に対前年同月対比で利回りが0.37%上昇(国債価格は下落)した際には、大幅な評価損を抱えて肝を冷やした金融機関もあるはず。決算を迎える2022年度末(2023年3月末)には、この利回り変化幅が縮小したため、胸を撫で下ろしたに違いない。 利回り変化幅は過去10年間で、4回ほど0.30%水準を上回っているが、今後、利回り水準も上昇してくることから、利回り上昇の許容幅は拡大するだろう。そのため、1年あたりの利回り上昇幅が0.30%程度ならば、想定の範囲内ということになるのではないか。 ところで、人々の予想するインフレ率の上昇に応じて、10年国債利回りが上昇していくことを事前に許容し、国債市場の需要と供給に応じた価格(利回り)決定を認めるようになったという点は、日本銀行の大きな変化といってよいだろう。 「頑固な日銀」から「柔軟な日銀」へ 環境が変化してくれば、上限とされる1.0%も、段階的に引き上げられる可能性もある。金融機関の貸出行動に影響を与える5年前後までの金利水準は、従来の共通担保資金供給オペレーションで抑え込めるため、10年国債利回りへのこだわりも大きくないはず。 これまでは、何がなんでも、事前に決めたYCCのレンジ内に収めるために、日本銀行は大量に国債を購入し続けてきた。この頑固なまでのこだわりの姿勢は、日本銀行の保有する国債の残高を拡大させてきた要因の一つでもあった。2023年4月に就任した植田和男・日本銀行総裁は、この轍を再び踏むわけにはいかない。 キーワードは、柔軟性であり、「頑固な日銀」から「柔軟な日銀」への転換と言ってもよい。 国民の物価上昇に対する生活疲れは極まりつつあり、過度な金利上昇圧力が発生しない限り、予想インフレ率に一定の歯止めをかけていく必要がある。賃金・価格設定に関する企業の行動は、大きな転換点を迎えているだけに、市場機能を復活させ、急激な物価上昇を牽制するのは道理に適っている。 ただし、前任の日本銀行総裁が歩んできた姿勢を踏襲しないのが明らかになった時点で、グローバル金融を支えたアンカー役が不在になったことは再認識しておくべきだろう。世界中の中央銀行が利上げをする中、唯一、金融緩和を頑なに維持してきたことで、世界の金融市場を下支えしてきた面がある。その日銀像は払拭しなければいけない。 今回の日本銀行の決定で、世界中の国債や株式市場を支えてきた箍(たが)の一つが外れたとみなしてもよい。それに加えて、「緩やかな利回り上昇を政策的に達成できるか」という課題も日本銀行は背負ってしまった。 「国債利回り抑制」よりも難易度の高い「緩やかな上昇」 日本国債の利回りが、日本銀行の想定を超える動きに転じるならば、かえってグローバル金融の脆弱性を高めてしまうだけに注意が必要だ。 歴史を振り返ると、政府・日本銀行が、国債利回りを低く抑え込む政策に成功した事例は多い。 たとえば、わが国で国債価格を支えた主な事例としては、次の2つを挙げることができる。1908年から1910年にかけての第二次桂内閣による「国債価格吊上げ(国債利回り抑制)」と、1937年以降の日本銀行による「国債無制限買付(国債利回り抑制)」である。 前者の国債価格吊上げは、新規発行の国債利率を5%から4%に引き下げることに成功させた。後者の国債無制限買付は、大量発行され始めた三分半利国庫債券(3.5%利率)の利回りを、終戦まで3.6%台に釘付けし続けることに成功した。わが国の国債指標銘柄とも称された甲号五分利公債(5%利率)の利回りも、5%程度から4.3%程度まで緩やかに低下させた(図2参照)。 拡大画像表示 しかし、抑え込んだ利回りを緩やかな上昇に政策的に導いた事例は、筆者が知る限り見当たらない。 グローバル金融市場に悪影響を与えない「狭き道」 そもそも、金利は緩やかに低下するケースに比べて、緩やかに上昇するケースは少なく、金利上昇は突如として急激に発生する可能性が高いというのが、歴史の教訓である。その意味では、日本銀行は、歴史上困難な道をあえて歩み始めたといってもよいだろう。 数年間にわたり、「緩やかな国債利回り上昇」という狭き道を脱落しないように進む難易度は決して低くないはずだ。針穴に糸を通すような芸当が達成できるか否かは、ひとえに今後の日本銀行の手腕にかかっている。グローバル金融市場にショックを与えないためにも責任重大であるのは言うまでもない。 ※本稿は筆者個人の見解です。実際の投資に関しては、ご自身の判断と責任において行われますようお願い申し上げます。YouTubeで動画シリーズ「 ハートで感じる資産形成 」(外部サイト)も公開しています。 […]

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