地域の歴史文化を利用した「まちおこし」の失敗パターンとは(写真:Graphs/PIXTA) ある地域を観光産業で元気にしたいと考えたとき、その地域が歩んできた歴史は大きな武器になるでしょう。しかし、歴史に基づいて地域を ブランディング するというのは、そう容易なことではありません。まちおこしがうまくいかない事例はどれもよく似た失敗をしているのです。本稿では、歴史文化を活用したまちおこしの失敗パターンを2つ紹介します。 ※本稿は久保健治氏の新著『ヒストリカル・ブランディング 脱コモディティ化の地域ブランド論』から一部抜粋・再構成したものです。 【グラフを見る】「歴史的な建築物がある集落や町並み」の滞在時間 ■歴史文化による地域振興は失敗することもある 歴史文化は観光地の競争力を高めるものだといえる。しかし、読者の中には次のように思う人も少なくないだろう。 「歴史文化が差別化になるという理論はわかったが、現実には実践しているのに失敗としか思えない事例もある。理論と現場は違う」「いままで、歴史文化振興を頑張ってきたが結果が出ていない」等々。 歴史文化を活用することの利点はあるが、歴史を使えば100%成功するわけではない。そして、そのような「魔法」は地方創生や観光においては存在しない。当然成功もすれば、失敗もする。 トルストイ は「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」と述べているが、少なくともヒストリカル・ブランディングにおいては、「成功した事例は、それぞれに成功しているが、失敗した事例はどれも似たようなもの」といったほうがいいようなことが多い。 ここではよくある失敗事例を紹介したい。 ■よくある事例①歴史文化をアピールしたが… 地方創生を目的とした部署に配属となったAさん。Aさんは、地域の新しい魅力を発信しようと考えた。上司からは地域の歴史文化を活用するようにとの指示を受けた。いろいろと調べた結果、一般的には知られていないが、興味深い歴史的事象を発見した。 念のため周囲の人にも聞いてみたが、皆も「へー、それは知らなかった。そんな歴史があったんだ。面白いね」という反応。そこで、Aさんはみんなに知ってもらえれば興味を持ってくれると思い、キャンペーンを実施することにした。 地元紙でも「知られざる歴史」として掲載はされたものの、観光客への誘致などにはなかなかつながらない。地元企業と連携して地元の木で作った特産品の酒升といったオリジナルグッズを開発したものの、盛り上がりにかけてしまっている。そのため、次の一手が見つけられず、協力してくれていたボランティアの人たちも徐々に減ってきてしまっている。 この事例は、いくつかの地域で私が聞いた内容を基にして創り上げた架空の事例である。Aさんのやり方はいったい何が悪かったのだろうか。その理由について理論を基にして分析してみよう。 まずこの場合、Aさんは興味深い「歴史的事象」を見つけたので、これを知ってもらえれば地域の新しい魅力につながるだろうと考えた。 この発想はよいのだが、観光という視点でいうと、それだけではもの足りない。なぜかというと、ここでAさんが認知拡大させているのは、単に知識だけだからだ。 ■「知識だけ」では訪問にはつながりにくい 新しい知識はもちろん知的満足感をもたらす。それによって、友人のように「面白いね」という感想にもなるだろう。しかしながら、「知識だけ」となると離れていても獲得できるし、知ってしまえば終わってしまうのだ。そうなると、訪問動機としては弱い。 また、オリジナルグッズを作ったという記述があるが、ここでは単に地域の特産品である酒升に名前を刻印したくらいのものになってしまっている。歴史的事象と酒升の関連性も存在していない。 坂本龍馬 など、すでに全国的な知名度があり、一定のファンがついているような歴史的人物であれば問題はないかもしれない。だが、最近発信したばかりでは難しいだろう。そもそも、この歴史的事象に興味関心を持つ人が酒升を欲しいと思うのかどうかもわからない。 これはかなり極端な例にしているが、実際には似たような事例は多いかと思う。単独で集客力があるブランドに育てていくためには、時間がかかる。一朝一夕にはいかないという前提はあるが、この事例はこの実践方法で時間をかけてもうまくいかない可能性が高い。 まず、Aさんは歴史的事象を見つけたというが、歴史は過去のことであるから、それが発生してからだいぶ時間が経過している。つまり、もし今回の歴史的事象が認知拡大させるだけで集客できるのであれば、すでになっている可能性が高いのだ。ツーリズム理論でいうと、流通最大化による認知拡大だけではうまくいかない状況だといえる。 Aさんの事例は、需要創出をしなければいけない状況で、単なる認知拡大というプロモーション施策を実施してしまったので失敗したといえる。やり方次第では、この歴史的事象によって需要創出ができるかもしれないのに、方法論で間違ってしまったのだ。 ■よくある事例②歴史的景観で観光客は来るが… Bさんが住む地域では、歴史的景観が保存された状態で残っていたのだが、今まではそこまで観光振興には力を入れてこなかった。だが、少子高齢化の波は確実に迫ってきている。そのため、まちおこしとして観光振興に本格的に取り組むことになった。 いくつかの施設も リノベーション などの整備を行い、プロモーションを地道に続けた結果、以前と比較すると多くの人が観光でまちに訪れるようになり、まちにも活気が蘇ったと皆で喜んでいた。 しかしながら、最初の興奮が冷めてみると、人はたくさん来るのだが、各商店の売り上げなどはそれほど上向きにはなっていなかった。団体バスもたくさん入ってくるし、人が来ているのは間違いない。ボランティアガイドの満足度も高いのだが……。 この状況を打開するために、芸能人を招いたイベント開催などにも力を入れてきたが、イベントがなければ結局元に戻ってしまう。まちのみんなはイベント疲れもあり、観光に対して批判的な声も上がり始めてしまった。 この事例は、全国の歴史的景観エリアで発生している。JTB総合研究所が2019年5月に実施した「『歴史的な建築物がある集落や町並み( 重要伝統的建造物群保存地区 )』での観光に関する調査」がある。これによると、歴史的な建築物がある集落や町並みの訪問経験は、各年代でバラツキはあるにしても、訪問を目的に旅行した経験が全体平均では約40%、「旅行したついでに訪れた」を含めると全世代で60%以上は訪問している。 この数字だけ見ると、年代による違いはあるとはいえ、やはり歴史的景観が観光において人をひきつける力を十分持っているのは間違いない。 問題は、来訪した観光客の行動である。次のグラフを見てほしい。 ※外部配信先ではグラフを全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください はっきりとわかるのは滞在時間の短さ。ほぼすべての年代で70%くらいが4時間以内の滞在となっている。宿泊に関してのレポートを見てみても全体の約68%が日帰り訪問で、約14%が近隣の観光地や温泉地と地区外に宿泊している。当該地区に宿泊した人は全体の約19%。当たり前のことだが、観光客の滞在時間と消費金額には強い相関がある。
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