1954年に日本初の「デザイン」学校として誕生した「桑沢デザイン研究所(以下、桑沢)」が、2024年に創立70周年を迎えた。ファッションデザイナー・桑澤洋子によって設立された同校は、ドイツの芸術学校・バウハウスの理念と思想を継承したカリキュラムを実践。70年の歴史の中で各分野に優れたデザイナーや芸術家を輩出してきた。 そんな同校では現在、70周年の記念プロジェクトとして、さまざまな周年企画を実施している。70周年記念のロゴマークの制作や著名デザイナーによる講演会、学内展示など、これまでの桑沢を振り返り、これからの桑沢を考える多くの機会が用意されている。 桑沢デザイン研究所の学校案内書の70年にわたる歴史を紹介する展示 「学校案内書アーカイブ 1954-2024」 。公式サイトでは今までの学校案内書の表紙を一覧で見ることができる 今回は、プロジェクトの実行委員長を務めるスペースデザイン分野の専任教員・髙平洋平さんと、プロジェクトの発案者であり、企画立案を担当しているビジュアルデザイン分野の専任教員・鈴木一成さんに、プロジェクトを通して伝えたいことや、桑沢の未来についてお話をうかがった。 桑沢の70年の歴史を振り返り、将来像を考える機会に ――まずは、お二人が携わっている「桑沢デザイン研究所70周年記念プロジェクト」についてお聞かせください。 鈴木一成さん(以下、鈴木):70周年という節目を迎えるにあたり、桑沢の歩みを振り返る機会を持ちたいと考えていました。今回のプロジェクトでは、桑沢の「これまで」を振り返りながら、「これから」について考えていく企画を実施しています。 桑沢デザイン研究所 ビジュアルデザイン分野専任講師。桑沢デザイン研究所卒業後、渡仏。帰国後はフリーランスのフォトグラファーとして活動し、ファッション誌やアパレル広告などの幅広いジャンルの撮影を手がける。ギャラリーや展覧会の運営、アートフェアのイベント企画運営など、現代アート分野でも活躍している。2013年より同校の非常勤講師を務め、2016年より現職 鈴木一成 髙平洋平さん(以下、髙平):教員である我々としても、学生たちに一方的に何かを教えて終わるのではなく、自分自身でも桑沢の未来を考えるきっかけをつくりたかったんです。これまでの70年間に桑沢を卒業されていったデザイナーたちの偉業を振り返り、改めてリスペクトの気持ちを持ちたいという想いもありました。 桑沢デザイン研究所 スペースデザイン分野専任講師。桑沢デザイン研究所卒業後、内田デザイン研究所に在籍し、インテリアデザイナー・内田繁に師事。ホテルや商業施設などのインテリアデザインや、家具の設計、展覧会の会場構成などを手がける。2017年より同校の非常勤講師を務め、2020年より現職 髙平洋平 鈴木:桑沢の将来像をじっくりと考えるために、大きな花火を打ち上げるのではなく、1年間を通して発信し、考える機会になればと思っています。周年事業という絶好の広報機会を活用しながら、歴史あるデザイン学校としての桑沢の価値をさらに高め、発信していきたいと考えています。 ――70周年記念のロゴマークも制作されたとうかがいました。どのようなコンセプトで制作されたのですか? 鈴木:現在の桑沢のロゴマークも手がけられている、第10代所長の浅葉克己先生にデザインを依頼しました。浅葉先生は「デザインは丸と三角と四角から成り立つんだ」とおっしゃっていて、今回の70周年のロゴにもデザインの基本要素となる丸、三角、四角があしらわれています。 デザインのコンセプトや意味はうかがっていないですが、三角を7つ並べる形で70周年を表現しつつ、余白を残すことで、これからの桑沢の未来をあらわしているのだと思います。 浅葉克己先生がデザインした、70周年記念ロゴ 髙平:「70」という数字から伸びている部分が、まるで水平線のように見えますよね。「これからの桑沢の70年を見据えている」というメッセージが込められたデザインだと解釈しています。 「対話」を通じて、新しい発見をするためのきっかけづくり ――今回のプロジェクトではどのような企画を実施しているのですか? 鈴木: 浅葉克己先生やロンドンを拠点に活躍しているデザイナーのエイブ・ロジャース氏など、著名なデザイナーや渋谷区長をお招きした講演会をはじめ、学内での展示企画や外部講師によるオープンレクチャーなどを開催しています。 髙平:「対話」を通して考えるきっかけを持ちたいという想いもあり、年間で10回の講演会を実施予定です。11月には桑沢とも関係の深い、ドイツのバウハウス・デッサウ財団の先生をお招きして、パーティーも開催します。 エイブ・ロジャース氏の講演会での様子 鈴木: 講演会は、学生たちが自ら新しい発見をするためのきっかけになればと考えています。桑沢には約700人の学生がいますが、それぞれにとってトリガーとなる部分は異なると思うんです。そうしたきっかけを増やすために、講演会の機会を多く設けることにしました。 講演内容は、デザインに直接結びつくものばかりではなく、未来を見据えたビジョンや広い視野を持つことに焦点を当てています。外部からの刺激を積極的に取り込み、桑沢にない視点やアイデアを取り入れることで、新しい発見や成長が生まれると考えています。 髙平:あと、先人たちのリスペクトを忘れないためにも、桑沢が預かっている貴重な作品を学生たちが見たり、触れたりできるような機会も積極的につくっていきたいです。作品に触れられる機会ってなかなかないですから。 70周年記念プロジェクトの一環で2024年9月7日まで開催されていた、専任教員による特別展示の会場。手前に写っているのが教育参考資料として保有している、北岡節男氏「Zipper 40」と倉俣史郎氏「オバq」 鈴木:「対話」という意味では、我々教員のことを学生たちに知ってもらう機会にもできたらと考えています。実際、桑沢の学生たちは、我々教員が何者で、普段どのようなことをしているのかを知る機会がほとんどありません。デザインに対する教員の考え方や、普段学内外でどのような取り組みをしているのかについて、学生たちも知ってもらうことで、相互理解を深めていきたいですね。 ――授業でも、70周年プロジェクトを意識した課題に取り組まれているのでしょうか? 髙平:僕自身は特に「70周年だからこれをやろう」と考えてはいません。ただ、例えばジェンダー問題や環境問題といった、現代の課題をデザインに反映させるためにはどうすればいいか、学生自身が調べる機会や、リサーチした内容を発表する場を設けています。「商空間」というインテリアデザインの授業の中では、「ラグジュアリーとは何か」を定義することをテーマに取り組みました。 インテリアデザインは、消費されていくデザインの一つです。僕が以前勤めていた事務所は西麻布にありますが、周辺では再開発が急速に進んでいます。高級な商業施設が立ち並ぶ一方で、インテリアデザインは何億円という金額をかけてつくられるにも関わらず、数年単位で消費されてしまう。その一過性の寂しさや、消費されることの無意味さを感じていました。 そこで、森ビルの開発事例を見せながら、「本当のラグジュアリーって何だろう」という問いを、学生と対話しながら一緒に考える授業を展開しています。 インテリデザインの授業「商空間」の様子 鈴木:ビジュアルデザイン分野では、浅葉克己先生に70周年記念のロゴを自由に使用する許可をいただいて、「今後70年の未来」をテーマに、ロゴを用いた5秒のモーショングラフィックを制作しています。学生のアイデアは桑沢の公式SNSに毎日投稿したり、学校説明会やオープンキャンパスで流したりなど、広報活動にも使われています。 大御所のデザイナーがつくったデザインを自由に動かすのはなかなかできないことです。学生自身が浅葉先生のロゴデザインを解釈し、自分の中で動かして制作しています。 左側は総合デザイン科ビジュアルデザイン専攻3年の毛詠箴さんの作品、右側の書は浅葉克己先生が書かれた作品 鈴木:また、桑沢では創立当初から、バウハウスのカリキュラムを参考にした課題をおこなっています。課題に取り組む際には、バウハウス設立当時のデザインの状況や、なぜそのデザインが社会に必要とされたのか、桑沢でこの課題をおこなう理由を都度説明し、紐解きながら進めています。 学生たちは「新しいものをつくりたい」という強い意欲を持っていますが、「新しいと定義されるのは何なのか?」というと、歴史を振り返った時に次にくるものです。そこのベースがないと本当の意味での「新しいもの」は生み出せないと思います。 そのため、毎回歴史を振り返ってから課題に取り組ませています。過度に「自分らしさ」を追求するのではなく、自分の内にある根本的なものをどのように引き出し、現代にフィットしつつも、オリジナリティのあるデザインをどうつくり出すか、その過程を教えています。 遠回りしながら、自分らしいデザインの道を模索する場所 ――お二人は桑沢の卒業生でもありますが、在学当時と比べて変化したこと、変わらず継承され続けていると感じることはありますか? […]
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