ニッポン放送『ラジオ・チャリティ・ミュージックソン』50回目は出川哲朗 ニッポン放送『ラジオ・チャリティ・ミュージックソン』は、目の不自由な人が安心して街を歩けるように『音の出る信号機』を設置する基金を募るチャリティ・キャンペーン。1975年からスタートし、毎年11月1日から翌年1月31日までの3ヶ月間に渡って展開されており、チャリティへの関心が高まるクリスマス・イブの12月24日正午から翌25日クリスマスの正午まで、ニッポン放送ゆかりの人物をメインパーソナリティーに迎えて24時間のチャリティ生放送を実施している。 【写真】昨年は…目を伏せ、涙を流した透明感あふれる久保史緒里 また、全国のラジオ局がその趣旨に賛同しており、北海道・STVラジオ、青森放送、IBC岩手放送、ラジオ福島、ラジオ大阪、和歌山放送、広島・中国放送、香川・西日本放送、福岡・九州朝日放送、ラジオ沖縄に、ニッポン放送を加えた全国11局のラジオ局が各局独自の「ラジオ・チャリティ・ミュージックソン」を放送している。 これまでに50億2,711万5,255円の浄財が寄せられ、全国で3,457基の「音の出る信号機」を設置したほか、「声の図書」、「立体コピー」など多数の視覚障害者(児)用教育機器を贈ってきた。近年は機器の進歩に伴い、「声の図書」の整備や、デジタル化などにも活用している。 各放送局でも「音の出る信号機」の他、盲導犬の育成や教育機器の補助など、障害を持つ方の社会生活や子供達の教育への支援を行っている。 50回目となる今回は、出川哲朗がメインパーソナリティーを務める。 ■ニッポン放送『ラジオ・チャリティ・ミュージックソン』歴代担当パーソナリティー・募金額 第1回(1975年)萩本欽一 7062万7126円 第2回(1976年)萩本欽一 1億770万1667円 第3回(1977年)萩本欽一 1億3374万9092円 第4回(1978年)萩本欽一 1億5927万1366円 第5回(1979年)萩本欽一・研ナオコ 1億5160万5463円 第6回(1980年)萩本欽一・研ナオコ 1億2243万2215円 第7回(1981年)萩本欽一・研ナオコ 1億3664万9535円 第8回(1982年)萩本欽一・研ナオコ 1億4079万5118円 第9回(1983年)萩本欽一・研ナオコ 1億3141万8051円 第10回(1984年)萩本欽一・研ナオコ 1億3959万5822円 第11回(1985年)萩本欽一・研ナオコ 1億2113万5389円 第12回(1986年)西田敏行 1億2652万7822円 第13回(1987年)渡辺徹・榊原郁恵 1億3505万2864円 第14回(1988年)森光子・田代まさし 1億4112万248円 第15回(1989年)山田邦子 1億4529万5148円 第16回(1990年)和田アキ子・三宅裕司・山瀬まみ 1億5463万4633円 第17回(1991年)斉藤由貴・東山紀之 1億3816万5858円 第18回(1992年)峰竜太・松本明子 1億3914万1913円 第19回(1993年)ウッチャンナンチャン 1億3209万5846円 第20回(1994年)泉谷しげる・西田ひかる 1億2767万7588円 第21回(1995年)内田有紀 […]
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