江戸時代の「座頭金」——盲人組織の金融システムとその実態

江戸時代には、視覚障害者(盲人)たちが組織化され、**「当道座(とうどうざ)」**という制度のもとで生活を営んでいた。
彼らは、**鍼灸(しんきゅう)、按摩(あんま)、音楽(琵琶・三味線)などの職業を通じて生計を立てていたが、
その運営資金を支える仕組みとして
「座頭金(ざとうきん)」**と呼ばれる独自の金融システムが存在していた。

この座頭金は、現代で言うところの共済基金・年金制度・金融機関のような役割を果たしており、
当道座に所属する盲人たちが一定の生活基盤を持つことを可能にした。

しかし、その一方で、一部の検校(最高位の盲官)たちがこの制度を利用して財を築き、支配構造を作り上げる要因ともなった。
特に、**鳥山検校(とりやまけんぎょう)**のような人物は、この座頭金を巧みに操り、莫大な富を築いたと言われている。

本記事では、江戸時代の「座頭金」とは何か、その仕組みや実態、影響について詳しく解説していく。


目次

① 「座頭金」とは?——盲人社会を支えた金融制度

座頭金とは、当道座に所属する盲人たちが共同で管理した資金のことであり、
主に以下のような目的で運用されていた。

盲人たちの生活補助(福祉資金)
昇進(階級制度)の際の納付金の貸し付け
貸金業としての運用による利益確保

この制度は、当道座が独自に運営する**「盲人専用の金融機関」**のようなもので、
組織内の経済を回すための資金源となっていた。

また、幕府もこの制度を容認し、ある程度の自治を認めていたため、
座頭金は江戸時代の金融システムの一部として機能していたのである。


② 座頭金の運用方法——どのように使われたのか?

座頭金の具体的な運用方法としては、主に以下の3つが挙げられる。

1. 盲人の昇進制度と座頭金

当道座には、座頭 → 勾当(こうとう)→ 検校(けんぎょう) という階級制度があった。
この昇進には、「納付金」が必要であり、その額は非常に高額だった。

座頭から勾当になるためには、多額の座頭金を納める必要があった
さらに、勾当から検校になるには、莫大な金額(数百両以上)を支払う必要があった

しかし、ほとんどの盲人は一度にそれだけの大金を用意できなかったため、
座頭金を**「昇進ローン」**のような形で借りて支払い、その後の収入から返済する仕組みが取られていた。

この制度により、盲人たちは努力次第で上の地位に昇ることができる可能性を得たが、
逆に言えば、借金を背負うことにもなり、強固な階級社会の維持に繋がっていたのである。


2. 貸金業としての座頭金

座頭金は、単なる昇進資金としての役割だけでなく、
貸金業(金融業)として運用され、莫大な利益を生み出していた

当道座内の盲人への融資 → 生活費や事業資金の貸し付け
町人・武士への貸し付け → 高利貸しとして金を貸し、利息を取る
大名への貸し付け → 財政難の大名に金を貸し、政治的影響力を持つ

この貸金業は、座頭金の重要な運用方法のひとつであり、
特に検校クラスの高位盲人たちは、貸金業によって莫大な富を築いた。


3. 福祉的な機能とその限界

座頭金には、盲人の生活を支えるための福祉的な機能もあった。
病気や老齢による失業者への支援
盲人が生活に困窮した際の一時的な生活費の貸し付け

しかし、この福祉的な支援は限定的であり、
実際には高位の検校たちが財産を蓄えるための手段として利用されることが多かった。


③ 座頭金の問題点——搾取の構造と支配体制

座頭金の運用には、いくつかの問題点があった。

昇進には巨額の金が必要であり、借金漬けになる盲人も多かった
高利貸しとして機能し、庶民や大名の財政を圧迫した
検校が富を独占し、組織内での搾取構造が生まれた

特に、鳥山検校のような強権的な人物が登場すると、
座頭金は「盲人のための資金」ではなく、「検校たちの権力維持のための資金」となっていった。


④ 江戸時代後期の変化と座頭金の衰退

江戸時代後期になると、幕府の財政が悪化し、経済状況が変化する中で、
座頭金の制度も次第に揺らぎ始めた。

貸金業の規制強化 → 幕府が高利貸しを取り締まり、影響力が低下
社会の変化 → 医学の発展により、鍼灸の独占的地位が揺らぐ
明治維新による制度廃止 → 当道座自体が解体され、座頭金も消滅

最終的に、明治政府によって当道座の特権が廃止されると、
座頭金の制度も歴史の中に消えていった。


⑤ まとめ——座頭金は「支援」と「搾取」の両面を持つ制度だった

座頭金は、当道座の盲人たちが共同で管理した資金であり、金融機関として機能していた
昇進制度と結びつき、高額の金を必要とする仕組みを作り出していた
貸金業としても運用され、検校たちが財を築く手段となった
江戸時代後期になると、経済の変化とともに次第に衰退していった

座頭金は、江戸時代の盲人社会を支えた一方で、
「権力者による搾取の構造」も生み出していた。

この制度は、単なる福祉ではなく、江戸時代の経済・金融システムの一部として機能していたことが、現代から見ると非常に興味深い点である。

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