エジプシャン・シアター100年の歴史とともに考える、配信サービス事業の戦略と映画の未来

アメリカ、ロサンゼルスの「ハリウッド大通り」。著名な業界人の名が星型のプレートとともに刻まれる「ウォーク・オブ・フェーム」が歩道に埋め込まれ、観光地として賑わいを見せている。この通りには映画の中心地らしく、歴史ある映画館が存在する。なかでも開業が101年前という、最も歴史ある劇場が、古代エジプトをテーマに建造された「エジプシャン・シアター」である。 そんな象徴的な劇場をNetflixが買収したことは、かねてより報じられていたが、3年もの期間をかけて、ついに改修が終了。11月9日にオープンするはこびとなった。『映画の殿堂:エジプシャン・シアターの100年史』は、それを記念して配信されている、映画史とともに繁栄をほこってきた劇場のおよそ100年の歴史を振り返る、短い映像作品だ。 ここでは、本作『映画の殿堂:エジプシャン・シアターの100年史』の内容を紹介しつつ、劇場が記憶している、輝ける映画の歴史や背景をひもときながら、配信サービス事業の戦略や映画の未来についても考えてみたい。 西海岸がアメリカの映画産業の中心地になっていったのは、1910年代からのこと。ニューヨークの天候が不安定だったことから、撮影に適したロサンゼルスに、大手映画会社がこぞってスタジオを建設しはじめたのだ。 映画の聖地となっていくロサンゼルスに多くの商業施設を建設し、「ハリウッドの父」と呼ばれた不動産業者チャールズ・E・トーバーマンは、1920年代、ハリウッド大通りに興行師シド・グローマンとともに、三つの映画館を誕生させた。 その一つは、『市民ケーン』(1941年)が初演されたことで知られている、スパニッシュ・コロニアル風の「エル・キャピタン・シアター」。景気低迷時にパラマウント社が経営権を手にし、現在ではディズニー・カンパニーの所有となっている。レトロな豪華さのあるファンタジックなデザインは、ディズニー映画を上映するのにぴったりだ。 もう一つは、中国寺院風の外観とアール・デコ建築が印象的な「チャイニーズ・シアター」。『スター・ウォーズ』(1977年)をはじめ、ハリウッド大作の歴史的なプレミア上映がおこなわれる、派手で巨大な劇場だ。 古代エジプトをモチーフとした、ユニークなデザインが目を引くエジプシャン・シアターは、3つのなかで最も早く、1922年にオープンしている。建築当時はイギリス人考古学者によってツタンカーメンの王墓が発掘調査されている最中で、世界中で古代エジプトのブームが巻き起こっていたという。そんな世相に乗って、サンドベージュ色の神殿のような、豪華なテーマパークのアトラクションを彷彿とさせる映画館ができあがったのである。 スクリーンと客席が設置された劇場の内部も、まるで古墳の中にいると感じられるような、立体的でダイナミックな装飾が施され、象形文字が描かれた。決してエジプトの歴史文化に忠実な建築とはいえないだろうが、息を呑むほどに豪華絢爛であることは間違いない。2011年に発売された、1940年代のロサンゼルスが舞台のフィルムノワールをイメージしたゲーム作品『L.A.ノワール』では、在りし日のエジプシャンシアターを再現していて、豪華な劇場内を散策できる。 そんな劇場は世界に一つしかないのでは……と思いきや、アメリカ各地にはエジプシャンシアターを模した古代エジプトをモチーフとした劇場が、他に6館も建てられたのである。「いろいろなジャンルの映画を上映するのに、古代エジプト風のデザインにしてしまうのはどうなんだ?」という声もあるかもしれないが、映画とはそもそも現実をひととき離れ、夢のような世界に連れていってくれる場所。だからこそ、これらの映画館には非日常への憧れが反映されているといえるのだ。 しかし、100年もの歴史があるだけに、現実の世の中の動きに影響されざるを得ないのも、映画館の宿命といえる。カリフォルニア州の気候は撮影向きだが、地震が多い土地でもあり、1990年代の地震被害によって、一度劇場の建物は甚大なダメージを受けることとなった。そして、そのまま劇場は閉鎖し、荒廃の憂き目を見ることとなったのだ。 そんな劇場の経営を受け継ぐこととなったのは、著名な映画人たちが組織する「アメリカン・シネマテーク」。「シネマテーク」とはフランスが発祥の、上映設備が整った映画アーカイブ施設のことを指す。アメリカン・シネマテークがエジプシャンシアターを経営することで、必然的に古今東西の名画が、ハリウッドの一等地で上映され、数々の映画人たちやファンが集うイベントが催されるようになったのである。 本作『映画の殿堂:エジプシャン・シアターの100年史』では、そこでさまざまな映画に触れた映画人たちが登場し、数々の名作の映像とともに、作品への思い出を熱く語っている。ギレルモ・デル・トロ監督は、劇場でアルフレッド・ヒッチコック監督の『めまい』(1958年)を観て、「まるで違う映画のようだった」と称賛し、ライアン・ジョンソン監督は、コメディ映画『ロイドの人気者』を観たときに、モノクロのサイレント映画が、いまの観客を大いに笑わせる力があることに感動したと述べている。その気持ちは非常に理解できるところだ。 筆者もやはり、何度も鑑賞しているハワード・ホークス監督の『リオ・ブラボー』(1959年)を特集上映『午前十時の映画祭』で観たときに、愕然とさせられたことを覚えている。大画面、大音量で西部劇を観ると、銃撃シーンの臨場感が格段に強まり、いつ弾が発射されるのかという緊張感が絶えず映画全体にみなぎるのである。それは、ギャング映画やアドベンチャー映画でも同様。劇場で古い時代の映画を観ることで、その時代になぜこれが人気があったのかということを、肌で感じることができる。だからこそ、多くの映画ファンには、古い映画を映画祭や特集上映で体験してもらいたいと思う。 本作を観て安心させられるのは、Netflixが巨費を投じて再建した後も、そんなアメリカン・シネマテークが運営に参加し、シネマテークとしての機能が存続されることが明かされていることだ。 Netflixなどの配信サービスは、従来の興行ビジネスを侵食し、映画館の破壊者であると見られている部分がある。そんなNetflixが、映画館の文化や過去の作品を守り、劇場を再建するというのである。そこには、もちろん会社のイメージアップ戦略や、映画業界での支持を集める意味があるのだろう。すでにNetflixは、ニューヨークの老舗映画館パリス・シアターを再建した実績がある。 また、ここが大事なところだが、アカデミー賞ノミネートのためには、その作品がロサンゼルスの映画館で7日以上商業上映されなければならないというレギュレーションができた事実は大きいはずだ。Netflixがエジプシャンシアターを手に入れたことで、容易にその条件を突破できるようになったのである。それは同時に、Netflixが名実ともに映画事業の一角を担う企業となったことを示すことになる。 近年マーティン・スコセッシ監督は、Netflixによって、莫大な製作費を必要とする『アイリッシュマン』(2019年)を監督し、Apple TV+がパラマウントに共同出資することで、『キラーズ・オブ・ザ・フラワー・ムーン』(2023年)という、きわめて充実した映画作品を手がけることができた。シリーズものや流行のジャンルでなければなかなか企画が通らなくなってきた映画界で、最も従来の“映画らしい”映画を製作しているのは、配信サービスなのかもしれないのである。 自宅のディスプレイやスマートフォンで、気軽にさまざまな作品を観られるようになった、便利な現代。しかし、そこでエジプシャン・シアターが与えるような、圧倒的な非日常感や、映画が持つ本物の臨場感は得られない。だからこそ、映像配信サービスが、そういった弱点をカバーする動きを見せ、映画の普遍的な価値に迫ろうとするのは、時代を生き残る上で必然的な流れなのだろう。 ■配信情報 『映画の殿堂:エジプシャン・シアターの100年史』 Netflixにて配信中

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