怪力無双の大男~三好清海入道~

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三好清海入道のモデルは、大坂の陣において豊臣方で討死した三好政康(入道名・清海)との説があります。

出典:ウイキペディア

 

坊主頭で大男。でも、どこか憎めない。真田十勇士の三好清海入道は弟の伊三入道とともに、豪傑キャラクターとして人気を博します。

大正・明治期に大ベストセラーとなった「立川文庫」では、幸村の配下となった後、猿飛佐助とともに諸国を巡る旅に出て、大きな樫の棒(約70kg)を振り回して活躍。当時の子供たちを熱狂させたことでしょう。

「真田三代記」では、第二次上田合戦にも登場。敵対する兄・信幸(信之)の軍と戦い。幸村の軍が撤退する際には殿を務めて大奮戦。(※もちろん挿話です。)

大阪の陣では、大坂城の落城後、幸村の命を受けて火計を用い、徳川秀忠を襲いますが、後もう少しのところで逃げられます。この後、三好清海入道は馬上で堂々と名のりを上げ、十文字に腹を切って切腹。自ら首を切り、果てるという豪快な最後を遂げるのでした。(※もちろん挿話です。念のため。)

 

フィクションの存在、三好清海入道ですが、猿飛佐助に比べれば、もう少しそのイメージサンプルが明確。

それが、前述のウイキペディア出典の説、大坂の陣において豊臣方で討死した三好政康です。

三好政康は、三好三人衆の1人にも数えられた武将で、主君・三好長慶の死後も織田と対立しましたが、その争いに負け、その後の消息は歴史上、まったくの不明とされています。一時期は隆盛を誇り、争いに負けて野に下った武将は他にも数多く存在しますが、後にこういった創作本の元ネタになったのだとすると、たいへんに豪気な人物であったのではないでしょうか。

 

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