「学校で習った歴史」は本当?今ではウソな出来事3選

気になるアレを大調査ニュース 「しらべぇ」さん

2016/04/28/ 05:30配信のニュースがたいへん興味深いのでご紹介。

歴史教育というものは、時代ごとにその見解が変わりやすい。その上日本の歴史教育の現場は、その時流行った歴史観に影響されやすい嫌いがある。

との冒頭の書き出しから始まり、

➀戦国時代、城の建設に関わった職人は口封じのために殺された

「城の構造はトップシークレットだから、建設に駆り出された職人は必ず殺された」という悲劇。

だが、常識的に考えればこれはあり得ない。そんなことをすれば、間違いなく一揆が発生する。当時の農民はみんな武装していたことを忘れてはいけない。

こんな実例もある。武田信玄の息子の武田勝頼が、現在の山梨県韮崎市に新府城という拠点を建てた。その時に駆り出されたのは、信濃の木曽一族である。だが城建設にかかる費用や木材があまりに膨大だったため、嫌気の差した木曽一族がついに反乱を起こした。

それでも新府城は完成したのだが、当時、織田信長と戦っていた勝頼は「本拠地移動」という名目で、完成間もない新府城をあっさり焼いてしまったのだ。

もっとも、戦術上この決断は間違いではない。織田軍に城を奪われたら、今度はそれが障害になってしまうからだ。

だが、血のにじむ思いで城を作った職人や人足たちは、次々と勝頼を裏切り織田軍についた。結局、それが武田家滅亡の原因になってしまった。

土木建設に携わる職人をぞんざいに扱うことはできないのだ。

 

と、記事にはあります。

これはまさに、真田丸での第1回、第2回の武田家滅亡までのヒストリーを、全く別角度の視点から見た見解ということになります。

ちなみにこの新府城。普請は真田昌幸でしたよね。

元記事はこちら

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