第4回「挑戦」

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NHK大河ドラマ「真田丸」ストーリー紹介

第4回「挑戦」

 

【ストーリー(あらすじ)】

いよいよ、織田の本拠地で昌幸・信繁は信長、家康と対峙する。

 

天正10年(1582年)3月20日、昌幸・信繁の一行は、織田信長に謁見するために諏訪・法華寺に到着。

(信長を待つ間、昌幸はかつて家康を三方ヶ原で打ち負かしたこと。その当時、信玄に武藤喜兵衛と名づけられていたことなどを語ります。)

この時、一足早く信忠に媚びを売った、室賀正武と対面。昌幸が上杉と密約を結ぼうとした件について早く詫びを入れた方が良いと言う室賀に、昌幸は、

「上杉宛の密書を奪ったのはお主か?」と尋ね、知らぬそぶりを通します。

折しも、別の部屋には家康も来ており、庭で偶然にも両者は対面。

(※家康は三方ヶ原で戦った相手は昌幸ではなく、武藤喜兵衛という武将であるというそぶりをわざわざ二人に見せます。)

 

いよいよ織田家に対峙する昌幸

そしてようやく、昌幸は信忠に謁見。

信忠は昌幸が織田と上杉景勝の両方に加勢する文を書いた理由を問いただしますが、昌幸は「上杉を欺くための方便である。」ときっぱりと言います。

その上で、上杉宛の文書が奪われたからには、織田には真田を守る義務があると迫ります。

(※この時家康が上杉から昌幸に誘いが来たというのは、昌幸の自作自演ではないか。と鎌をかけますが、昌幸は全く動じず、信忠を信じさせることに成功。)

 

家康は「さすがは勇名を馳せられた武藤喜兵衛殿。肝が据わっておられる。」

(※家康は真田昌幸=武藤喜兵衛殿。と知っていたのです。)

 

やがて信長が現れ、昌幸を「よい面がまえじゃ」と評するとすぐに去ります。

(※一同、その存在感に圧倒されます。)

 

そして、信忠は真田家に対し、今後は滝川一益に従うよう命じるのでした。

(※一益は、旧武田領のうち、上野一国と、信濃の小県・佐久郡を直接統治することになり、真田家に沼田城と、岩櫃城を差し出すよう命じます。)

この後、一連の合議の流れを下座で聞いていた信繁(幸村)は、信長の印象をいこと叔父の矢沢三十郎と話し合っていた際、庭で叫び声を聞きます。

駆けつけると、信長が明智光秀を激しく折檻している場面に遭遇。

信繁は信長の底知れない凶暴性を観るとともに、それを見守る人々の中に、恐れをなしている家康の姿を見て取ります。

そして真田屋敷に戻った昌幸と信繁は、一益の命令に従うための合議を執り行います。

安土城に出す人質(信繁の姉・松)や、沼田城の明け渡し、馬の献上などを決め、織田の信頼を得ます。

後日、一益は昌幸以下、国衆を集め、何かあれば織田が駆けつけるという約束と、まとめ役を昌幸に決め軍備の実態を報告するよう伝えます。

(※室賀は、自分よりも昌幸が織田の信頼を得ていることに嫉妬します。)

そして、5月末。

信繁は、松と夫の茂誠らを連れ安土へ。

安土城の壮大さに、信長の強さを感じる信繁。

しかし、その帰途、「本能寺の変」が起こります。

 

【見どころ】

この回も昌幸の二枚舌が炸裂しますが、そこへ今後強大なライバルと成長していく徳川家康も、その「狸ぶり」の片りんを垣間見せ、両者の因縁を視聴者に見せつけます。

以後、家康は小大名である真田家に何度も痛い目に遭わされるわけですが、元をたどっていくと、三方ヶ原の戦いで武田軍に徹底的にやられた経験があり、

その当時、昌幸は天下一と言われた武田の一翼を担っていたわけです。

また、父の背中から様々なことを学びつつ、武田・織田の勃興を近くから見て成長していく信繁(幸村)がそこにいます。

※あらすじには記載しませんが、信繁・松・きりの三角関係も物語のサブストーリーとして花を添え、展開していきます。

 

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