武将列伝– category –
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吉野太夫(初代)
その他、気になる登場人物
著名な文化人とも交流を深めた才能あふれる花魁(おいらん) 太夫(たゆう)は、たいふとも言い最上位の遊女のこと。尊称としてこう呼びました。 広義では格式の高い芸能人を指します。 戦国期を生きた初代・吉野太夫(よしのだゆう)。容姿、芸、人格ともに優れたと言われた、京都・六条三筋町・遊郭を代表する名妓。夕霧太夫、高尾太夫ととも... -
大野治長(はるなが)
武将列伝
豊臣家を滅亡に招いた張本人。無能の人か?大野治長。 知行は僅か15,000石。さして経験もなかった治長が大坂の陣ではリーダーとして豊臣方を統率しました。結果は皆さん周知の通り、後世、茶々(淀君)とともに豊臣家を滅亡に導いた張本人として、残念ながらもたいへん評価の低い人物です。 果たして大野治長が無能だったから大坂の陣で豊臣... -
片桐且元(かつもと)
武将列伝
茶々(淀君)の浅井家に仕えた戦国武将 且元の出自は近江 浅井家に仕えた信濃源氏の名族、片桐氏。 浅井長政の娘である茶々(淀君)と、豊臣臣従以前から主従関係にありました。 豊臣の時代には豊臣家より豊臣姓を許されるなど中核を担い、江戸期になっても大名として存続した且元は、大和国竜田藩の初代藩主となっています。しかし、その人... -
平岩親吉(ちかよし)
徳川家臣団
徳川十六神将の一人にも数えられる戦国武将、家康とは同い年で、今川義元の人質時代から仕えた重臣。 天文11年(1542年)、平岩親重の次男として三河生まれ。 永禄元年(1558年)に初陣すると、三河統一戦や遠江平定戦など、家康の初期の戦いで戦功を挙げました。 家康の親吉への信任は厚かったと見られ、嫡男・信康が元服すると傅役(ふやく... -
大久保忠世(ただよ)
徳川家臣団
歴戦の勇将・真田昌幸の前に大敗する 大久保忠員(ただかず)の嫡子として、天文元年(1532)に三河で生まれました。大久保氏は家康の祖父・松平清康の代から家臣として仕えるようになったといわれ、忠世の大久保家はその支流ながら、忠世らの活躍でやがて本家をしのぐようになります。忠世とその弟・忠佐は、徳川十六将の 1人にも選ばれてい... -
石川数正(かずまさ)
徳川家臣団
約265年に渡る徳川政権を後にを築くことになる徳川家康。その配下には並みいる戦国武将が揃っていたわけですが、大河ドラマなどではもちろん時間的(予算も?)な制約もあり、ストーリーに絡む人物しか登場しません。真田丸での家康家臣といえば、本多正信、本多忠勝が頻出しますが、正信なら家康の参謀としての立場や昌幸との関係性を重視し... -
鳥居元忠
徳川家臣団
家康に幼少のころより仕えた側近中の側近 天文8年(1539年)、松平氏の家臣・鳥居忠吉の三男として生まれた元忠。 父の忠吉は岡崎奉行などを務めた老臣で、元忠は家康がまだ「竹千代」と呼ばれた頃から仕えた側近の一人です。 家康の三河統一後は旗本先手役の将として戦います。 長兄の忠宗は天文16年(1547年)の渡の戦いで戦死、次兄は出家... -
上杉景勝①
武将列伝
真田丸では、遠藤憲一さん演じる上杉景勝。寡黙で義に厚い性格だが、ついつい安請け合いしてしまうのを家臣・兼続に咎められる・・・昌幸やその他の大名とは、違う雰囲気ながらも個性豊かに描かれています。実際の景勝はどんな人物だったのか、2回に渡る記事投稿でご紹介したいと思います。 生粋の無口な男、景勝 上杉景勝は、上田長... -
横谷左近(幸重)
大坂の陣(豊臣方)
出浦昌相(まさすけ)とともに、真田家忍衆の双璧をなす 横谷左近(※横谷幸重とも呼ばれます)は、上野(こうずけ)と信濃の境にあったという要害・雁ヶ沢城を本拠にした地侍とも言われています。昌幸の父・幸隆の時代から真田家に仕えました。横谷幸重の「幸」の字は、主君であった幸隆より一字拝領していると考えられます。以後、昌幸・信... -
北条氏政②~氏政を再評価しよう~
武将列伝
関東の雄・後北条氏の第4代当主、北条氏政。正室の黄梅院は武田信玄の娘で、武田義信や武田勝頼とは義兄弟にあたります。真田丸での「二度汁エピソードの氏政像・新機軸」がネット上でも話題となる、歴史上で不当な評価を受けてきた戦国武将の筆頭格。せっかくなので、これを機に氏政を再評価しましょう。 次男として生まれ、やがて嫡... -
服部正成(まさなり)・半蔵
徳川家臣団
服部正成、またの名を服部半蔵 おそらく忍者としては一番高名な服部半蔵(服部正成)は、忍者の流れを汲む家系に生まれ、徳川配下で伊賀衆と甲賀衆を統率・指揮した戦国武将です。 有名な服部半蔵の名は、代々「半蔵」を通称の名乗りとした服部半蔵家の歴代当主の通り名。 実は、正成自体は「忍び」ではなく、仕えた徳川家において忍者を統率... -
板部岡江雪斎(いたべおか こうせつさい)
武将列伝
真田丸に登場する北条方の武将・板部岡江雪斎(いたべおか こうせつさい)。ドラマでは、山西惇(やまにしあつし)さん演じる戦国武将。史実の流れを考えれば、前半には滅亡する予定の北条家。たくさんの家臣を擁するその家中において、板部岡江雪斎がたびたび劇中に登場する理由など踏まえての投稿記事になります。 初め真言宗の僧、そして... -
新発田 重家(しばた しげいえ)
武将列伝
足掛け7年にも渡って景勝に反旗を翻した戦国武将 天文16年(1547年)生まれ。謙信時代からの上杉家臣で、川中島の戦いや関東出兵などにも参加した経験を持ちます。当初は五十公野(いじみの)家を継いで五十公野 治長(はるなが)と名乗っていましたが、天正8年(1580年)、兄の死により新発田家に戻って家督を相続、新発田重家(しばたしげ... -
春日信達(高坂昌元)
武将列伝
父・昌信は昌幸の同僚 父は「逃げ弾正」として知られる、武田氏の譜代家老衆、高坂昌信(春日虎綱)。その次男にあたる人物です。父の高坂昌信は絶世の美男子で、信玄から「浮気の謝罪文」をおくられるほどの寵愛を受けたとも。また、それだけでなく、軍略・兵法にも優れ、武田二十四将にも数えられています。 信玄の奥近習として召抱えられ... -
木曾義昌(木曽義昌)
徳川家臣団
真田丸では、第1回から武田家を裏切った武将としてその名が登場する木曾義昌(よしまさ)。織田信長死後に起きる信濃の混乱でも、その領国の位置関係などから、ある種のポイントとなる人物です。 源義仲の嫡流と伝わる名族・木曽氏。最初は対抗するも、後に信玄の親族衆となる 義昌は、天文9年(1540年)、木曾義康の嫡子として誕生しました... -
森長可
武将列伝
僅か13歳で家督を継いだ武勇の人 森長可(ながよし)は、永禄元年(1558年)生まれ。真田昌幸と比較すると11歳年下、少し下の世代にあたります。森氏は清和源氏の家系、河内源氏の棟梁を出自に持つ名家。武勇の誉れも高く「攻めの三左」と謳われた森可成(よしなり)の次男でしたが、元亀元年(1570年)に可成が戦死、長兄の可隆も同年に戦死... -
滝川一益②~本能寺の変・信長の死後~
織田家旧臣
本能寺の変後、失墜する存在感 6月2日、信長が本能寺の変によって横死すると、北条氏政は引き続き協調関係を継続する旨を一益に伝えています。(※しかし実際には領国に動員をかけており、北条氏の上野侵攻は確定していました。) 一益が信長の死を知ったのは事変から5日後の6月7日(遅い!)。そして6月10日、重臣の反対を押し切り、一部の上... -
本多正信
徳川家臣団
真田丸、本多正信を通して描かれる、新しい「家康像」 大河・真田丸に登場する徳川家康(内野聖陽)。後に天下人となる彼のもとには、たいへん有能で個性的な戦国武将が数多く存在します。もちろんドラマではその全員を取り上げるわけにもいかない訳ですから、原作なり、脚本なりでの中で、重要人物をどのように描いていくか?で、その周辺人... -
大谷吉継
武将列伝
信繁(幸村)の義理の父、大谷吉継。義を重んじて関ケ原で散った戦国武将。 大谷吉継。その出自には色々な説があってはっきりとはしません。母が秀吉の正室(ねね・北政所)の侍女だったことから、秀吉の隠し子との俗説も存在するほど。あくまで一説ですが、吉継を取り立てたのは石田三成とも言われ、近江生まれの同郷の仲とされています。 ... -
本多忠勝
武将列伝
徳川四天王!徳川十六神将!!徳川三傑!!!徳川家康、最大の功臣 幼い頃から徳川家康に仕えた家康最大の功臣とも言える本多忠勝。初陣(ういじん)はなんと13歳で、あの織田信長が今川義元を敗死の追いやった永禄3年(1560年)の桶狭間の戦い。その前哨戦にあたる大高城兵糧入れにまでさかのぼります。 ファンの多い本多忠勝。今さら説明の... -
堀田作兵衛
大坂の陣(豊臣方)
信繁(幸村)大坂入城の際には、上田より駆けつけた忠義の臣 大河・真田丸で藤本隆宏さん演じる「堀田作兵衛」(堀田興重とも言います)。信繁、最初の正室とも言われる梅(黒木華さんが演じます)の兄にあたる人物です。 ドラマでの堀田作兵衛は地侍で、農兵兼業で真田家を支えるという家柄。末端の家臣のようにも見えますが、信繁との関係... -
滝川一益①~織田家中では、秀吉や明智光秀以上のスピード出世を遂げた「鉄砲の達人」~
織田家旧臣
織田家中では、秀吉や明智光秀以上のスピード出世を遂げた「鉄砲の達人」 大河・真田丸では段田安則さんが演じる武将・滝川一益。信長の「天下布武」の旗印のもと、急激に支配地を拡大する織田氏。その家中にあって、明智光秀や、後に大出世を遂げる秀吉を出し抜いて、一時期は超ハイスピードな出世を遂げたのがこの滝川一益です。いったい彼... -
穴山梅雪(穴山信君)
武将列伝
主家滅亡の直前で寝返った逆臣 NHK・大河ドラマ、「真田丸」では、榎木孝明さんが演じる穴山梅雪(穴山信君)です。 生誕 天文10年(1541年) 死没 天正10年6月2日(1582年6月21日) 母・南松院殿は武田信虎の娘(信玄の姉)で、妻は信玄の娘である見性院。武田家の御一門衆ですから、その家臣団での地位も高く、何より武田勝頼にと... -
高梨内記(たかなしないき)
大坂の陣(豊臣方)
信繁(幸村)とともに大坂の陣にも参戦。忠義と魂を魅せた戦国武将 大河「真田丸」では中原丈雄さん演じる高梨内記(たかなしないき)。信繁の幼なじみで側室のきり(長澤まさみ)の父親にあたる人物という設定です。 史実、昌幸と信繁、二代にわたって旗本として仕えた家臣団の中枢であり、浮き沈みの激しかった真田家に、最後まで付き従っ... -
小山田信茂
武将列伝
大河・真田丸では温水洋一さんが熱演 祖母が武田信縄(信玄の祖父)の娘(信虎の妹)で、信玄の従甥に当たる人物。 江戸期には、穴山梅雪や、高坂昌信とともに武田二十四将にも数えられた、武田家の勇将です。 天文21年(1552年)正月には父の出羽守信有が病死し、兄の弥三郎信有が家督を継ぎます。しかし、弥三郎信有は永禄8年(1565年)に死...


